興味シンシン

興味津津または深深なnekoatama’s blog

「教養」「礼」

ただ今読書中の参考書

開巻、「教養」についての定義が。

「専門」に対して
「教養」は、「専門以前」(レベルが低いもの)ではなく、
高度化し精密化した(重箱をつつく)ものが「専門」であるならば、その重箱の枠を作り俯瞰するもの、と。

ついで、目次から、気になる部分の抜き読みから始めたが、一番ふ~~んとなったのが、
「チャイナ」も「志那」も語源は「秦」、というところかな。
中国ドラマを見るのをやめて、もう少しよみましょう。(笑)

日本大百科全書(ニッポニカ) 「支那」の意味・わかりやすい解説
中国本部地域の別称。その語源については明らかでないが、一般には紀元前3世紀末、中国を統一した秦(しん)王朝の秦の音がチーナChinaとかチンThinとして西方に伝えられたことによるという。
それが仏典に記され、さらに漢訳されて支那となった。この語はまた脂那あるいは震旦(しんたん)(チニスターナ。支那人の住地の意)などと音訳されている。
したがって支那は外来語であり、英語のチャイナChina、フランス語のシーヌChineなどもそれから出た語である。
なお、日本のアジア地域への侵略過程で、侵略を正当化する理由の一つとしてその地域の住民を劣等視したことなどにより、支那ということばに蔑視(べっし)の意味はないが、日本人が使用すると蔑称的性格をもち、また中国人も侮蔑(ぶべつ)感を強くもつため、第二次大戦後は使用を避ける人が多くなっている。 [宇都木章]

支那(しな)とは? 意味や使い方 - コトバンク

 

どこでも見られがちな「自国中心主義」が、なぜ、「中華思想」と呼ばれるほど強烈な思想にまで発達し、現代まで継続してきたのか。
「漢字」というものが持つ規制力が強く影響しているのではないか。
「天子」を中心とした政治体系に組み込まれた範囲が同化・均質化していくことで「中華」と認識されれる範囲が広がっていった。(p34)
もともとは「中心」という意味でしかなかった「中国」・「中華」といった言葉であるが、
言語的に「華」が「中(センター)」と同一であることから、対局の「夷」は「外」と結びつき、「中華(文明人)」と「外夷(野蛮人)」という対立構造を生み出す。(p35)
根底にあるのは「儒教」の価値観の「礼」(=礼儀):上下関係をペースをした作法。上下の基準は「仁」(パーフェクトな「徳」)

「華」という言葉の表す、文明の高さは、儒教に精通し、その教義を実践していることで決まる。(人・国)
「中国の論理」は、「文字(漢字)」に裏付けされた意味付けが強く影響される。
人は言葉を用いて思考する。中国語では「漢字にかわる文字がない」(p39)

「天子」「天皇」「皇帝」
漢字というものは、その成り立ちからして、儒教的な上下関係・差別意識と不可分な文字なのです。(p72)
アジア史を見ていると、日本人というのは、アジア人の気持ちがわかっていない、と思わざるえない。アジアの[孤児」(p73)
漢語的には「帝国」というのはあり得ない自己撞着の言葉。
皇帝とは全世界(=天下)の統治を天に委託された存在。(※帝国は大きくとも部分にすぎない)
漢字という同じ文字を異なる認識で使う。’(p75)
日本は「和魂洋才」、中国は「中体西用」