中国の時代劇ドラマを見ていると、
そうだったのか、と思うことが多い。
例えば、「袖の下」とはこういう事だったのか、と・・・
ああいう服装だと、あいさつした後、相手の袖の中にこっそりモノ(銀票とか)をさしこむのに便利だな~。"(-""-)"
「袖の下を渡す」「袖入れ」 〔俗〕賄賂のこと。 人に知られぬように袖の下へこつそりと入れるの意。 賄賂のことをいう。
そでは、筒袖?広袖?
ちなみに、見ていたドラマは、もう、一度、書いていたが、『玉楼春』で、
記憶にのこる台詞は
「梁上の燕の様に」毎年あいまみえる・・もそうだった・・
東方には
新鮮な表現ですね。
ふ^^ん~~~( ..)φメモメモっと。
更に、今年の学習テーマに選んだ、(放送大学の)中国史の先生が、
ネット授業の最後に、「中国は私たちのの可能性である」とおっしゃったのに、反応した。
いや、「中国は、私たちの身近にある、大きな可能性の一つである」という言い方でしたが、・・驚いた。
「今日の中国と、中国から多大な影響を受けてきた日本の在り方を見つめ直す」という事であるが・・
そうなんだけれど、それを忘れていると思う‥
以下テキストと参考書
おまけ:ツバメ