『中国の神話伝説 』を読み始めました。 (– 青土社1993/4/1刊)
まずは、「まえがき」(p17~p23)で、執筆は 1983年春節前夜とあり、今頃ですね・・
屈原の「天門問」を熟読するうち、神話、伝説、仙話は明確に区別すべきでないこと、
古代の口承の伝説においては、それらは実際には互いに包摂しあっており、区分できないないことが分かった。(p18)
神話の時代が引き延ばされ、『荘子』の「鯤鵬の変」、「黄帝、玄珠を失う」、・・・・など、哲学的な寓話のように見えたものさえ、復元して神話の中に組み入れることができた。
以下抄訳で続けると・・
文学形式で神話を物語り、解釈や議論の形式をとらないよう要望を寄せた人もいるが、散逸して断片的にしか残っていないという中国神話の特徴のために、また、狙いが基礎的な整理にあるがゆえに、このような形式を採用した。
60万字前後に増補改訂して、半生にわたる整理が一段落した。
兵馬俑を見学したとき、質朴雄渾な芸術的造形、生き生きした姿態に、古代文化の基礎をなす雄大さと深淵さを感じた
盤古から秦の始皇帝までの神話伝説を対象としているが、神話伝説というプリズムの屈折を通しても、いたるところに古代の歴史と文化の映像を見ることができる。
本書が兵馬俑のような役割を果たすことを願っている。
話しずれるが、姫路市に万里の長城と兵馬俑があるらしい。
中国に行くのが剣呑になり、気力ゲキタイなので、・・こちら行ってみようか?ともwww
ついで、『中国の神話伝説 』序論篇は 10章でした。 p27-92
この後、日日やっつけますね。。
第1章 神話とは何か
中国には昔から神話という言葉さえなかった、割と最近外国から輸入されたのである、
人を惑わしやすい言葉
神話は空想から生まれたのではなく、神話の誕生には現実生活との密接な関係がある、
原始人は自然の奴隷であった
驚異を感じ理解をこえるものはすべて生命のあるものとみなし、神とよんだ。(p28)
原始宗教と原始神話は、労働の中で発達した、
生存の苦しさと自然との闘争の苦しさを克服するために、
労働英雄をたたえる頌歌をうたい上げた。
斧で天地を開闢した盤古、
人類を創造し、五色の玉を熔かし天を補修した女媧、
錐をもんで火をおこした燧人、
薬草を発見した神農、
動物を飼いならした王亥、
人民に農耕を教えた后稷、・・・
のちに階級が分化すると支配階級はこれらのもろもろの労働英雄を自分の祖宗にすえ九天の高みに持ち上げ、威嚇と弾圧の具に供した(p29)
これこそ、数千年来、神が勤労人民の、日常生活の中に存在してきた理由に他ならない・
大衆の中に神に反抗する意識も生み出した。その具体的な表れは
ギリシアにはプロメテウス、中国には太陽を射た羿(げい)、
上帝の息壌を盗み出し洪水を治めた鯀、鯀の事業を引き継いだ禹。
「反徒」の隊伍をもっと拡大すれば、蚩尤、夸父、刑天など古代の巨人も、
反旗を翻して支配者を苦しめ、死すとも敵に屈しない気概を有していた。
このような英雄神話は階級社会における支配階級と被支配階級との闘争を反映している。
神話には現実生活が反映され、神話は労働の中から生み出された。(p30)
第2章 宗教と神話の関係とは..
相互転化の関係
宗教がまず生まれ宗教から神話が生まれた
旧石器時代の氏族共同体の時代に、漠然とした原始的な宗教的概念が生まれた(マルクス、エンゲルス)
ブルジョワ的学者は人類は宗教とともに誕生したかのように定義したが、でたらめである。
宗教的観念は労働によって人類の思惟力の発達が促され、幻想を抱くことができるようになり、かなり複雑な創造や連想ができるようになった時に初めて生まれる(p32.)
↑ ? 労働人民?まぁ良しとしますwww
アニミズムでなく、自然に対する崇拝、原始的拝物教
崇拝の対象は、太陽、月、石、大木、牛、蛇(p33)
『山海経』の「山経」に描かれている山林沼沢のさまざまな怪神怪獣、
「海経」に描かれている火神の祝融.、水神の河伯、
海神の禺䝞と禺京。
※「禺䝞」は、神の名。鳥の体に人間の顔を持つ。
『楚辞』の(九歌)の日神の東君、雲神の雲中君、
『国語』の「魯語」の、鳥を繰り出して臧文仲(そうぶんちゅう)の祭祀をやめさせた海鳥の爰居(えんきょ)
『華陽国志』の五丁力士の墓誌として立てた大石(巨石崇拝)などに、すでに改変されてはいるものの、原始社会の祖先崇拝の痕跡を見て取ることができる(p34)
読むのは今日はここまでにしておきます。

~~~AIによる補強~~~
屈原の作品において「天門」は、直接的なタイトルの詩ではなく、屈原の代表作である長編叙事詩『離騒(りそう)』に登場する神話的・象徴的な場所です。
- 意味: 神話上の天上世界(天宮)の入り口。
- 屈原の行動: 自分の忠誠心を理解しない楚の王に絶望し、天帝(神)に直接訴えかけようと、この門をくぐろうとします。
- 結末: しかし、天帝の門番(閽人)に拒まれ、天門に入ることができず、最終的に地上での孤独と悲劇を受け入れることになります。
- 理想と現実: 天門をくぐれないことは、理想(美政)が現実の世では受け入れられないことの象徴です。
- 仙界への憧れ: 当時の巫(シャーマン)的な信仰文化に基づき、魂が空中を飛翔して神のもとへ行くという、詩的・精神的な遊行を描いています。
- 天問(てんもん): 天地創造、神話、歴史の疑問を列挙した長編詩。「天(空)に問う」という意味。
問いはまず天地開闢と天象のことから始まり、鯀と禹による治水と地理のことが続き、夏・殷・周の伝説や王の事績、さらに斉の桓公や呉の闔閭に及び、最後に楚の話で終わるが、話の順序が前後している箇所も多い。時代的にもっとも新しい事件は呉の闔閭と楚の昭王の争い(柏挙の戦いを参照)である
いや、実はこの本のまえがきのは 3の方の「天に問う」でした!!
問いはまず天地開闢と天象のことから始まり、鯀と禹による治水と地理のことが続き、夏・殷・周の伝説や王の事績、さらに斉の桓公や呉の闔閭に及び、最後に楚の話で終わるが、話の順序が前後している箇所も多い。時代的にもっとも新しい事件は呉の闔閭と楚の昭王の争い(柏挙の戦いを参照)である
長いですね・・
太古の昔、誰が道を伝えたのか。天地が形づくられる前に、誰がそれを見極めることができようか。暗闇と暗黒の中で、誰がその深淵を見極めることができようか。広大で無限の形を、誰が見分けることができようか。
明と暗、その目的とは?陰と陽が一体となる、その起源と変遷とは?円環には九つの天がある、誰が設計し、測量したのか?その功徳とは?誰が最初に創造したのか?
同じ屈原の 九歌 - 维基文库,自由的图书馆
この詩には、大司命という古代ドラマで見る天界の役職の神の名も出てきて興味深い ♪
愁人兮柰何,願若今兮無虧。
固人命兮有當,孰離合兮可為?ああ、なんと悲しいことか!今のまま、何も失うことなくいられたらいいのに。
人の命は決まっている。別れと再会を誰がコントロールできるだろうか?
こちらはまさに詩語ですね・・・ドラマに戻りたくなります。
ちなみに
唐朝詭事録 は見終えています、第2シーズンに行くところですが、
いやぁ私メ、連続殺人の話はちょっと・・と、置いていますwww
傑作なんでしょうが、好き好きで・・いや、美しく強い女の子が主役のコメディタッチもありのドラマをお願いします。
補足: 「司命」とは?
中国時代劇トリビアによると、司命星君は人の寿命や運命を掌る神様として、多くの仙侠ドラマにおいて物語の展開を左右する重要なポジションとして描かれます。